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淡色と君
淡色と君
Author: 空蝉ゆあん

第一話 スマホカメラ

last update Last Updated: 2025-08-19 00:27:26

 僕の瞳に映る君の姿。

 仄めかしく、淡い色に抱かれている。

 僕の手が彼女を求めようとしている。

 全ての空間、空気、気温、感情

 全てを止めていく。

 巻き戻す事も出来ない記憶の中の君を

 僕は物語として綴っていく。

 第一話 スマホカメラ

 僕の通っている高校には彼女がいた。いつも側から笑い合っている周囲を観察している。彼女はここにいるのに、存在しない。

 不思議な魅力を持っている。

「ヒズミくん、何してるの?」

 誰にも声をかけてもらえない。僕の存在は周囲に認知されていないからだ。それでも今日は今までとは違う。新しい日常が顔を出して微笑んでいた。

「……え」

 彼女の声を知っている。裏庭で隠れて歌っていた姿を何度か見ていた。他の人達は彼女に見向きもしない。

 それでも僕にとっては彼女の全てが美しい彫刻品のように思えて仕方ない。

 本人に伝える事はないだろう。お互いが自分の姿を隠しながら、カメレオンのように周囲に溶け込んでいくのだから。

「どうして僕の名前を……」

「ん? 同級生だから知っていて当然じゃないかな」

 初めて話す彼女は思った以上にフランク。自分の中で勝手に彼女の人格を決めつけていた事が恥ずかしくてたまらない。

 僕は歪んで、真実を見ようとしない。

 そうやって現実から内部の自分を引き出されないようにかくれんぼを続けている。

「そうだよね。ごめんね」

「どうして謝るの? そういう時は笑おうよ。苦しそうな顔よりも、ヒズミくんには笑顔が似合うと思うから」

 トクトクと彼女の言葉に心が反応していく。家族にさえも言われた事のない言葉が、僕にとっては眩すぎて、動悸を感じていく。

「私はずっと君と話したかったの。いつも私の歌、盗み聞きしてたでしょ」

 気づかれていないと思い込んでいた屈折した事実が真実へと書き換えられていく。彼女は教室でいる時とは違う雰囲気を作り出しながら、僕の手を優しく握っていった。

「……天童さん」

「苗字で呼ばないでほしいな。私の事はライアと呼んで」

「ライア」

 ライアはクスリと微笑みを零すと、ポケットからスマホを取り出し、カメラの標準を合わせていく。

「知ってる? 最近のスマホってカメラ機能、性能高いんだよ」

 カシャリ。

 微かにスマホから流れてくるのはシャッター音。それが僕に向けられた初めてのラブレターだった。

 想いを言葉に変えながら

 僕はあの瞬間に再開する

 嬉しいはずなのに

 溢れてくるものは痛みと満月の光

 僕は君の面影を探してる

 教室に戻ると、お昼休みの事が夢のように思えた。あの時の無邪気さも、笑顔も、今の彼女には備えられていない。

「ヒズミ キョウスケ。さっきの箇所、朗読しなさい」

 ぼんやりと目の前のリアルを眺めていると、全てが朧。自分の世界に浸っている僕の名を担任の彌奴岸(ミナギシ)が介入していた。

 ハッと我に返った時には、クラスメイトの視線を集めている。人の視線が苦手な僕は、ぎこちなく立ち上がると、朗読をし始めた。

「よろしい。席に着きなさい」

 話を聞いていないと判断していた彌奴岸は狐に化かされたような顔つきで僕を見ている。言いたい事があるが、それ以上は立場上、口にしないように努めていた。

 僕が席に着くと、何事もなかったかのようにいつもの空間へと戻っていく。誰にも干渉されず、周りに人の存在があったとしても。

 そこには永遠に続く孤独な世界が隠れている。

 窓から囁き声が聞こえてきた気がした。僕は視線を窓辺へと移すと、そこには小さい女の子が座っている。

 女の子は僕の視線を流しながら、彼女の後ろ姿を見つめていた。

 どれだけの時間が経過しようとも、この空間をこのまま停止出来たなら、僕は幸せだった。

 そんな毎日を繰り返しながら、ライアとの秘密の交流を楽しんでいる。人の目がある所では、お互いに知らんぷり。

 それでも裏庭へ足を運ぶと、僕の知っているライアの笑顔が全ての植物を支配している。

「私と君は似たもの同士。そう思ってしまうの」

 青空に想いを乗せ、後ろに突っ立っている僕に向けられた言葉が響いてる。

 

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